マクロミル熊谷氏に聞くグローバル市場を生き抜くための海外調査との向き合い方

調査手法:
マクロミル熊谷氏に聞くグローバル市場を生き抜くための海外調査との向き合い方
目次

グローバル市場が拡大する中、日系企業において海外調査の活用がますます重要になっています。しかし、海外調査の必要性は感じていても、国内調査との違いや具体的に注意すべき点が分からず、一歩を踏み出せない担当者が依然として多いのが現状です。回答者の偏りや、翻訳のニュアンス、国や文化による反応スタイルの違いなど、ポイントを知らずに発注すると思わぬ落とし穴にはまってしまう海外調査。どうすればこのような注意点を押さえて正確なデータを獲得できるのでしょうか。

株式会社マクロミルでマクロミル・グローバルリサーチ・インスティテュートのシニアフェローを務め、『グローバル・マーケティング・リサーチの考え方』の著者でもある熊谷信司氏に、海外調査ならではの注意点と、これから発注を検討する担当者が押さえておきたいポイントを、リサーチトレンドナビ編集長の本郷がうかがいました。

この記事のポイント
  • 日系企業の海外売上比率が伸びる一方、海外調査への発注比率はまだ追いついていない背景を解説
  • 海外調査では、回答者の偏り・翻訳のニュアンス・国や文化による反応スタイルの違いなど国内調査と勝手が異なる点が多く、これら前提を踏まえた解釈が欠かせない
  • 生成AIは情報収集や翻訳で強力な武器になる一方、「分からないことに気づく力」「文脈を読む力」「最終判断への責任」は、これからも人の役割として残り続ける
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熊谷 信司
株式会社マクロミル マクロミル・グローバルリサーチ・インスティテュート(MGRI) シニアフェロー。東京大学大学院教育学研究科修了後、総合調査会社勤務を経てマクロミルに入社。リサーチャーとして国内外の数々の調査プロジェクトを担当し、現在は海外調査の知見創出・情報発信、海外消費者定点調査、産学連携による研究・教育の取り組み、業界団体委員など多岐にわたり活動。専門社会調査士。主著『グローバル・マーケティング・リサーチの考え方 -海外展開する企業のための調査の基本』(白桃書房、2025年)。

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本郷 哲也
GMOリサーチ&AI株式会社 専務取締役 兼 リサーチトレンドナビ編集長。コンサルティングファームにて12年間、マーケティングとCX(顧客体験)改革を牽引。GMOリサーチ&AI参画後はパネル・営業部門の責任者を歴任し、2022年より現職。2025年からは日本マーケティングリサーチ協会(JMRA)理事も務める。

日系企業の海外展開における課題:なぜ海外調査は活用されないのか

本郷:まず、日系企業で海外売上比率が上がっている一方、海外調査の比率がそこまで追いついていない現状について、その背景からお聞かせいただけますでしょうか。

熊谷:いくつか要因が重なっていると思いますが、グローバル企業の展開方法と日本企業とでギャップがあることが大きいと感じます。従来、日本市場はそこそこ大きな市場だったので、まず日本向けに商品やブランドを開発し、それが受け入れられたら海外へ、という流れが一般的でした。ですが今のグローバル企業は、最初から世界全体を見据えて開発するのが一般的です。日本企業はそこに遅れをとってきたと思います。

例えば、海外に輸出はしていても、その先の販売や検討のプロセスは現地の販売代理店に委ねてしまっていて、全体の売れ行きは把握していても、どんな顧客が、どこで、どんな基準で買っているのかという顧客の姿までは、意外と把握できていないという声を耳にします。

また、アジア各国を例に考えても、経済発展で消費者の選択肢が増え、所得も上がり、価値観やニーズも多様化しました。中国や韓国の企業がグローバルブランドとして力をつけていて、単に日本のブランドを輸出すれば売れる時代ではなくなってきています。従来の勘所だけでは「どんな商品なら売れるのか」が見えにくくなり、そこで調査の必要性に気づく、という流れも一定程度あるように感じます。

数字だけの判断は危険。海外調査で押さえるべき3つのポイント

本郷:とはいえ、国内調査とは異なる注意点も多く、海外調査のハードルが高いことは事実ですよね。実施時のポイントはいくつかあると思いますが、今回は代表的な3点を中心にうかがいます。まず回答者の偏りについて、情報リソースの多い都市部の方や、比較的余裕のある富裕層や高学歴の方が中心になりやすい傾向は実際にあるのでしょうか。

熊谷:やはりその傾向はあると思います。日本国内でも起こることですが、海外ではより強く出やすいです。ただ、日系企業がターゲットにする消費者は、そもそも一定の収入がある層であることが多く、結果論的に購買層と重なっていることもあります。大切なのは、偏りがなくなるのを待っていたら永久に調査はできないということです。「どんな人が答えているのか」という前提条件と調査結果を照らし合わせて解釈する。それが一番良い調査の活用方法だと思います。

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本郷:2つ目の壁が翻訳の問題です。各国に合わせた文言の調整、いわゆる「ローカライズ」は、熟練者でもニュアンスの調整に悩まされるポイントです。

熊谷:特に形容詞の翻訳が難しいので、ここはぜひ知っておいていただきたいポイントですね。シンプルな例を挙げれば、「安い」という言葉ひとつとっても、英語で「チープ(cheap)」と訳せば「安っぽい」というネガティブな意味合いになりますし、「アフォーダブル(affordable)」であれば「値段の割にお買い得」というポジティブな意味になります。単に「インエクスペンシブ(inexpensive)」と訳せば中立的な価格の低さを指します。どう訳すかによって、聞きたかったニュアンスと逆の結果になってしまうことがあるんです。

日本語の「ナイーブ」もいい例です。日本語では繊細で好意的なニュアンスがありますが、英語の「ナイーブ(naive)」は「世間知らずで無知」というネガティブな意味になります。英語圏の選択肢をそのままカタカナで日本語の調査票に持ち込んでしまうと、意図とずれてしまう。質問作成者がどちらのニュアンスで使いたいのか、そこを見極めることがとても重要です。

本郷:対策としてできることはありますか?

熊谷:2つあります。ひとつは、調査票を作る段階で言い換える癖をつけること。「安い」であれば「お買い得」という意味で伝えたいのか、「安っぽい」という意味で伝えたいのかを明確にしておきます。もうひとつは、その言葉がポジティブに使われているのか、ネガティブに使われているのかを常に意識しておくことです。これらの点は専門家の力を借りてチェックしたり、最近であれば生成AIも高いレベルになってきていますが、ベトナム語やタイ語のようにチェックできる専門家が限られる言語もあるので、そこは注意が必要です。

本郷:では、3つ目のポイントとして反応スタイルについてもお聞きします。特に尺度への回答は国によってかなり異なるそうですね。

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熊谷:そうですね。例えば日本や韓国は評定尺度の真ん中あたりを選びやすい一方、東南アジアや南アジア、中南米では「とてもそう思う」「とても買いたい」といった強い評価を選びやすいといったことは、実際の調査でしばしば経験します。中国は少し複雑で、認知や保有については高めに出やすい一方、実際の評価では冷静な回答をする方も多く、文化的な特徴が見られます。そのため、単純に数字だけを国同士で比べるのは危険だということを、ぜひ知っていただきたいです。

例えば日本で、あるブランド好意度のトップ2ボックス*が40%だったとします。数字だけ見ると低く感じるかもしれませんが、日本は全体的にスコアが低く出やすい市場なので、実は競合10ブランドの中では3位に入っていた、ということが起こります。逆に、ある国でトップ2ボックスが70%だったとしても、全体のスコアが高めに出やすい国であれば、実は競合の中では6位だった、ということも起こり得ます。数字の大小だけを見て「こちらの国の方が評価が高い」と判断するのは危険なんです。

複数選択の設問でも同様で、日本人は10個の選択肢のうち例えば2つほどしか選ばないといったことがありますが、国によっては5〜6個選ぶことも珍しくありません。選ばれた数や割合だけを比べても適切な比較になりづらい場合があります。そのため対策として、当てはまるものを全て選んでもらう設問と、その中で最も重要なものを一つ選んでもらう設問をセットで設計するなど、設計段階で結果を比較しやすい工夫を組み込むことがおすすめです。そうすることで、国をまたいでも比較しやすくなります。

*アンケートなどの調査で、一番上の良い評価と2番目に良い評価の2つの選択肢を合わせた割合のこと

「結果」よりも「原因」を。海外調査で成功するための仮説の考え方

本郷:調査設計の根本的な考え方において、多くの担当者が陥りやすい落とし穴はありますか?

熊谷:海外市場は日本以上に分からないことが多いため、あれもこれもと詰め込みすぎて調査項目が膨らんでしまったり、逆に何を調査していいか分からず焦点が拡散してしまったりしがちです。だからこそ、きちんと「焦点を絞り込む」ことを意識していただくと良いかと思います。マーケティングである以上、自分たちでコントロール可能な施策、具体的には商品開発やプロモーションといったアクションにターゲットを絞って設計することが重要です。

加えて注意していただきたいのが「仮説」の考え方です。「自社ブランドの認知は競合より低いだろう」などと結果予想することを仮説だと勘違いしているケースが意外と多いのですが、本来の仮説は「この打ち手を実行すれば、結果としてこう変わるはずだ」という、「結果に影響を与える原因の予想」にあります。すでに起きてしまった「結果」は変えられませんが、「施策(原因)」は今後変えられますよね。調査で仮説を立てる際は、この原因側の視点を設計することが何より重要だと思います。

AIは海外調査を変えるのか:導入が加速する場面と人の役割

本郷:国内調査に比べ難易度が高い海外調査ですが、生成AIの活用でハードルを下げられる可能性も出てきましたね。具体的にどのような場面でAIの活用が期待されているのでしょうか。

熊谷:現地の情報収集や翻訳の場面では威力を発揮しています。今まで自分のわかる言語以外の資料だとその場ではお手上げだったものが、瞬時に内容を把握できるようになりました。質問や選択肢のアイデア出しの壁打ち相手としても優秀です。

一方、AIはどうしても確率的に「それらしい」回答を選ぶ性質があるので、平均的な情報や解釈に収束しがちです。マーケティングや調査では、それらに加えて今までになかったトレンドや可能性を発見することも大切なので、むしろ平均や常識から外れたデータを得て、「これはどんな傾向なのか」と疑問を持って立ち止まれることが、人間の強みだと感じています。海外調査では、現地の消費者にとっては当たり前かもしれないことでも、日本の担当者から見るとなぜそういう結果になったのか疑問に思う場面が多いのですが、AIだとそれっぽい説明をされてスルーしてしまうかもしれません。ですが人間が「本当にそうなのか」と踏みとどまることで、実は気づいていなかった現地のニーズが見えてくることがあります。

回答の背後にあるニュアンスを読み解く力も、人の方が長けている部分だと思います。インタビューで「いいですね」という反応が得られたとしても、本心からなのか儀礼的なものなのか、人間のモデレーターであればその場の反応から読み解けますが、AIではまだ判断が難しいでしょう。

最終的な意思決定の部分も現状は人間の役割です。AIがいろいろな提案をしてくれても、それが絶対に正しいかどうかの責任は誰も取れません。作業を効率化できる分、そこから何を読み取り、どう判断するかというリサーチャーの役割が、より重要になってくると感じています。

まとめ:調査会社に海外調査を発注前に意識しておきたいこと

本郷:ここまで海外調査の傾向やポイント、今後の展望を解説いただきました。最後に、海外調査を実施しようとしている担当者に向けて、発注前に意識してほしい点を挙げるとすれば、何でしょうか。

熊谷:ひとつは、先ほど調査設計のところでお話しした「目的や焦点を絞り込む」ことは、調査企画全般にも言えることだと思います。海外調査は費用や時間の関係もあって、実施できる機会が限られる場合もあります。そうなるとどうしてもいろいろなテーマをまとめて聞きたいとか、課題の異なる複数の部署やチームで合同で調査をするケースも出てくると思いますが、うまくやらないと目的や内容が拡散して、後の意思決定に活かしにくくなってしまう可能性もあります。

もうひとつはこれとも関連するのですが、技術的な話というより、皆さんへのお願いに近いかもしれません。どんな仮説を立てて、何を検証したいのか。そこを調査会社と一緒に作る時間をスケジュールに少しでも多く組み込んでいただけると、実はとてもありがたいんです。海外調査は時間がかかりますし、マーケティング担当者からすると調査は一部の工程に過ぎないので、決めたことをそのままやってもらえればいい、と考えてしまうこともあると思います。ただ、こちらとしては、その目的ならこういう内容を聞いてこういう分析をしたらいいのではないか、とかこういう調査方法もできますよ、というご提案をさせていただき、「調査をやってよかった、よりよい意思決定につながった」と思ってもらうことが一番大切です。特に海外調査は、同じ会社・同じブランドでも、展開先によって市場状況も競合関係もまったく違います。課題解決に役立つ調査プランを一緒に考えて作っていくプロセスを、ぜひ多く組み込んでいただきたいです。

本郷と熊谷氏のツーショット

株式会社マクロミルについて

国内最大級の自社パネルを保有する総合マーケティングリサーチ企業。国内調査で培った知見に加え、マクロミル・グローバルリサーチ・インスティテュート(MGRI)を通じて海外調査領域の知見創出・情報発信にも力を入れ、日系企業のグローバル市場調査を支援している。

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